今頃 本当はミャンマーはヤンゴンに居たのに・・・

ミャンマー

本来なら、今頃 私はミャンマーのヤンゴンへ赴任してバリバリ?

働いているはずでした・・・

そもそも

昨年6月にベトナムからの帰国を機に退職し、こちらも本来なら

タイのチェンマイでFIRE生活を開始する算段・・・・

ただ、ご多聞に漏れずタイも新型コロナウィルス感染者の拡大に歯止めがかからず

観光客が容易には入国できない状態が続き、リタイアメントビザを取るような状況でも無かったのです。

 

社会との繋がりを探して

海外がダメなら国内で、と 9月にはGo To トラベルキャンペーンを利用して

1ヶ月間札幌に滞在しました。

 

が、さしたる刺激もなく社会との梯子を外された淡々とした毎日を過ごしていました。

それにしても、1ヶ月ビジネスホテル滞在でトータル3万円強。

東南アジアもびっくり、この国の価格破壊は強烈です。

(しかもパン・コーヒー・ジュースの朝食付き)

 

これではイケナイ、と駆け込んだのが

滞在先である札幌の❗️ハローワークでした。

お金でなく生き甲斐(社会との繋がり)を見つけるためです。

その札幌のハローワークから紹介してもらい

関西にある企業のミャンマー工場駐在に応募したのです。

 

受け取った方は

「何で札幌から?」

と思ったに違いありません。

 

とにもかくにも、バタバタでしたが

面接を終え無事に採用決定。

五十路の転職成功です❗️

ベトナムでの赴任経験バカに出来ません。

 

 

採用となったものの・・・

採用決定は10月だったものの、ミャンマーが新型コロナ拡大防止のため

国際線のミャンマー国内空港への着陸を禁止していた状態でした。

そのため、入国日が決定してから本格的に動き出そうと、入社は12月までずれ込むことに。

(この海外からの入国禁止が、その後の軍事クーデターを起こし易い環境になったのでは?)

 

この間、11月にはミャンマーで選挙があり、アウンサンスーチーさん率いるNLDが圧勝。

日本での報道はあっさりしたものでしたが、あまりの強さに一抹の不安を感じることになりました。

 

12月からは流行りの(というより、致し方なく)オンラインで

ヤンゴンにある工場と業務の引き継ぎを徐々に進め始めました。

 

行ったことの無い事業所、会ったことの無いミャンマー従業員との

やり取りは不思議な感じでしたが、工場の見取り図を広げ、

どこで何が起きているのか?把握に努めるようにしました。

 

工場には日本語通訳スタッフが居るのですが、概してベトナムの時仕事で関わった

日本語通訳よりも全般的にレベルは高く、将来性を感じたものです。

言われたことだけでなく、各人積極的に前向きな意見をの述べる良い環境もあり

早くこの従業員たちと仕事がしたい!と思い続けていました。

 

年が明け1月末 前任者帰国に伴い 日本国内で前任者と顔を合わせながら引き継ぎ実施。

 

その後のミャンマー情勢を勘案した時

前任者の帰国タイミングは絶妙でした。

●希望のフライトスケジュール選択可

●ミャンマーでの出国前のPCR検査不要

●何といってもミャンマーが平和だった

 

前任者との引き継ぎの際、アウンサンスーチーさんの影響力を尋ねると

「昨秋の選挙で圧勝した通り、未だもって国民に絶大な人気がある」

との回答。

「では、アウンサンスーチーさんに次ぐ人材は?」

「・・・・・」

と、アウンサンスーチーさんへの一極集中への不安を抱かずにいられませんでした。

 

また年明けから、ミャンマー軍が昨年の選挙結果に納得がいっておらず

きな臭い動きをしていたことも懸念材料の一つでした。

 

 

そんな時に迎えた 悪夢の2月1日早朝

私個人は 7年前の2014年に唯一のミャンマー訪問をしています。

もちろん?観光でです。

今と異なり、観光であっても事前に在日本ミャンマー大使館に

VISAの申請が必要でした。

 

なぜ、この時だったのか?

 

実は 翌年2015年に総選挙が控えており

「騒乱が起こり入国がままならないのでは?」

と危惧していたからです。

 

 

今年の1月も末、ネット上では

【ミャンマー軍はクーデーター起こさない】

という情報が入り安堵していました。

 

 

そんな時です、ミャンマー国会が始まる2月1日の朝

偶然つけていたテレビのワイドショーで衝撃の速報が流れたのは

 

【ミャンマー国軍 民主党党首アウン・サン・スーチー氏を拘束】

 

事前の情報とは全く逆の結果に唖然としたと共に

この時点で

・軍事クーデターが発生したこと

・そう簡単に軍が引き下がらないこと

を悟りました。

今回のクーデターの至る流れは、あっちゃんのYouTube大学が入門にうってつけです。

ミャンマー・クーデター①】アウンサンスーチーvs国軍の権力闘争(Myanmar’s power struggle)

https://youtu.be/gZZWT55FYlA

【ミャンマー・クーデター②】現在も続くアウンサンスーチー拘束の真相(Myanmar’s power struggle)

https://youtu.be/8TvcEKI8dTY

 

 

悪化の一途をたどり、お互い落とし所が見いだせない

この日を境に、インターネット通信が止められたり

携帯回線でのデータ通信が止められたりと軍による

情報の遮断が始まりました。

 

また、工場の操業については

 

【銀行関連】

●ほぼ動いていない

●日本から国際送金しても引き出せない

●従業員への給与支払いもプールしている現金でやるとりするにも限界がある

 

【貿易関連】

●ミャンマー港

 CDM運動で荷上げできず、ミャンマー国外から輸入した資材

 約2ヶ月コンテナ船ヤンゴン港抑留で工場入荷できず

(*)CDM(Civil Disobedience Movement) : 市民の不服従運動

●逆に 工場から輸出できず

 

この間

ミャンマー軍から国民への発砲が相次ぎ

死者が増える一方でした。

 

そんな中衝撃の事態が・・・

3月14日の夜

ミャンマー工場の日本語通訳スタッフより

「工場隣接の中華系企業が火事になってます」

との連絡を受けました。

 

急いでTwitterを検索すると

工業団地のある地域で発砲が相次ぎ

治安が一気に悪化していることが解りました。

同時に、その地域の空に火事を原因とした煙が

上がっている写真も掲載されていました。

 

工場の状況がわからない日本にいては正直

どうすることも出来ず・・・

 

夜になって延焼がひどくなり、隣接工場から数m離れたところまで

火が来ており、送られてきた動画から恐怖すら感じるようになりました。

深夜 何とかギリギリで、赴任予定の工場への延焼は免れましたが

治安悪化に伴い工場のある地域に 戒厳令が出されることに。

 

従業員の安全を考えると操業もままならない状態になり

それに伴い赴任の話も立ち消えとなりました。

 

それも良い経験だったと、今では思っているのですが

ミャンマーに平和が訪れるのを祈る毎日です。

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